介護士しまぞーブログ

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私が介護職を選ぶ前の職業「飲食業時代」の経験を紹介します。

こんにちは、特別養護老人ホームの介護福祉士【しまぞー】です。

 

私の経歴を紹介すると大学卒業後、飲食業に就いて9年間、店長や支配人と言う立場で働いていました。

 

その後10年ほど、ビルの管理の仕事をしていました。

 

今回は私が新卒で就職した飲食業の経験を記事にします。

 

他人の人生など読みたくない方は飛ばしてください。

【しまぞーの自己紹介】↓

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大学卒業して入職した業態の飲食店

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飲食業は新卒採用です。就活での内定は3つ頂きました、全て飲食業。

 

当時は、丁度バブルが崩壊し就職氷河期と言われた1年目です。まだはやっていたファミリーレストランを2社と就職したA社から内定を頂きました。

 

就職先(A)社を選んだ理由

 

ではなぜそのA会社を選んだかと言うと、採用人数です。ファミリーレストランは採用人数が30名以上いました。

 

その為、内定式などではこれから同期となる多くの仲間と話が弾んでいました。

 

しかし、私が選択したA会社は当時店は200店舗位で全国展開しているのですが、新卒採用は10数名だったのです。

 

今後のサラリーマン人生を考えた時に、新卒で採用されて入社後の競争に勝つには、人数が少ない会社の方が良いと思ったため、A会社を選びました。

 

当時、会社にとって新卒採用というのは幹部候補を大切にし、帝王学的なものを学ばせます。

 

ファミリーレストランとの違い

 

メニュー販売価格を決める

 

私が入社した飲食企業はファミリーレストランとは違い、メニューは独自で作り、業態も和洋中さまざまです。

 

メニューも調理長と一緒に考えて、価格も原価を参考に決めまていました。


ドリンクのワイン、日本酒、焼酎などの選定も私が決めていました。店舗運営者にある程度権限が与えられる、そこはファミリーレストランとの違いです。

 

販売促進のための広告宣伝

 

広告宣伝費の予算内で新聞広告、ティッシュ配り、宴会獲得のための企業訪問を行っていました。

 

観光バスで来られるようなお店で店長をしていた時は、新潟、長野などに点在する旅行代理店に営業に行っています。

稟議書(りんぎしょ)を書いて独自でお店を運営

 

基本的に10万円内であれば、予算内で自由に使う事が出来ます。10万円以上は部長決済、50万円以内は本社決済、それ以上は社長決済が必要でした。

 

この様に私の飲食企業は、チェーン展開していますが、営業活動にかかわるメニュー制作、販売活動、設備投資などの多くは支配人に任されていてやりがいのある仕事ではあったと思います。

 

新卒採用の者への帝王学とは

  • 新卒は、儲かっている店舗に配置させ続ける。
  • 新卒は一般入社より研修が多い、つまりお金をかけている
  • 2年目には店舗の予算を作成
 

予算とは、年間の売り上げ目標を決めて、原価、人件費、諸経費の支出を算出します。

それを差し引いて利益をだします。


売上なら、具体的には、この時期に近くの道路が工事するから人の流れが店に来ると予想し前年実績より売り上げを予測します。


例えば広告宣伝費は、何月と何月にメニューを変えるから、その宣伝のために新聞広告を出すと決めて広告宣伝費として経費に計上する。

 

最終的に『利益』を出します。つまり予算とは一般営業のノルマみたいなものですね。

もちろん上司とも相談し会社としての目標もありますので、調整します。

 

介護の事業所の管理者との違い

 

私が知ってる介護事業所の管理者のパソコンには予算表がありました。しかし本社で作っていた予算でした。

メールで送られてきていて、そのファイルは開けられていません。

私が思ったのは、管理者が予算を作らない、本社が作る予算など何のモチベーションにもならないと思いました。

 

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新卒採用者のメリット

  • 新卒以外は、どんな優秀な人でも、いい大学卒でも管理者にはなれなかった。
  • 新卒は基本年功序列での出世。
  • 甘やかされて教育されるわけではありません。途中で辞める方は多かった。
  • 昇級試験はスルーでOK

一般で言う係長クラスの地位に就くときに、一応幹部面接と筆記試験がありますが、新卒採用の私にはなかったです。

 

当時の私は店長で迎えましたが、試験を受けるときには、上司の推薦により合格は決まっていました。「大丈夫だよ」と言われていたのです。

 

面接も社長を含め会社の幹部5名を前にして「予算は行くのか?」と言われ「〇〇〇%行きます」と言うと面接は終わりました。

 

職人のマネジメントも新卒の役割り

 

料理を作っているのは専門技術を持った調理人です。

 

この方たちが曲者が多く、調理人はドラマでもあるように、専門技術を持った方々です。昔堅気の職人気質なので厄介な人たちです。

 

私は調理師免許を取得していまして、調理の経験もありました。

 

ただ実際は免許取得しているだけで、切る、炒める等の技術しかありません。

 

自分で料理を創作してメニューを作る事など全く出来ませんでした。

 

最初の配属先

 

就職後しょっぱなの勤務地は地方の大都市にある飲食店に配属されました。大規模な店舗で400席あり、アルバイトスタッフは約90人はいました。


東京駅から出発する時は、本社職員や同僚に見送られ着いた先では、配属先の店長がホームで迎えていました。

確か午前中には到着したと思います。

早速、各チェーン店のあいさつ回り、それぞれの店舗でビールを飲み、夜中の0時までかかった時には正直、「こんな会社でもつのかな」と言う思いでした。

 

まだまだ続きます。

 

そこから配属先の店舗で、その地区の部長が待っていました。結局解放されるまで2時間ほどかかりました。

 

アウトサイダーなお客さん

 

アルコールを扱う飲食店です。お客様の中には右翼、ヤクザ、チンピラがいました。


最初に思いだしたのが、地元の右翼で管理者が要警戒していた団体で来るお客様です。


定期的に来店する20名くらいの団体で、その時の管理者は私をそのテーブルに付かせ「ここから動かないように」と徹底マークさせました。

 

葉っぱが落ちてきてクレーム2時間

 

屋外のビアガーデンの出来事ですが、良い年こいたチンピラが、「葉っぱが料理に乗った」とクレームがありました。上司と店長が2時間平謝りです。

 

射的のおかしが取れないとクレーム

 

夏には店の屋外で催し物を出していました。

 

その中で、子どもが射的コーナーで遊んでいたのですが、その親のチンピラのお客さんが、おかしが取れない自分の子供を見てクレーム。

 

射的の景品が置いてある棚のクロスを持ってぶん投げました。そして私にクレームです。

 

私と店長が対応しましたが、そのチンピラが私を殴りかけて、手で避けたら急に「痛い痛い弁護士呼ぶ」です。

 

後でどえらい店長に怒られました。「避けないで殴られれば傷害で警察呼べただろう」との事でした(笑)

 

少し話が飛びますか、千葉県の店舗働いていた当時、やくざの常連さんがいました。

来店するときは、必ず電話してくるので席を空けておきます。

 

その客が来たら私は、そのテーブルに付いて離れません。オーダーと会話で2時間は付きっ切りです。

 

時々あからさまに入れ墨見せていかくするような態度はありました。

 

問題はその後私が新宿に転勤になった時です。

 

私は後を継ぐ店長に反社関係者は気を付けるようにとはいっていたのですが、転勤後1か月後に千葉の店舗から電話があり、「やくざが暴れてどうしたらいい?」新宿の私の店舗に電話が来ました。

 

恐らくその地区の部長に「私に連絡しろ」と言われたと思いますが、新宿から千葉に行けるわけないし無理ですよね。

 

その経験が介護職をしている今、クレーマーご家族の対応力として活かされています。

 

体育界の猛者達がアルバイト

 

働きだしたら、毎日毎日夜中の2.3時まではアルバイトと店で飲食していました。

 

と言いますか、上司やアルバイトに付き合わされました。私の勤めた飲食店のアルバイトは、何故か飲食店でも力仕事がある為、体育会系が集まる店舗でした。


いわば体力のある猛者たちと仕事をしていました。必ずあるのが腕相撲です(笑)

ひ弱だった私がひと夏超えたころには、結構力が付きましたよ。

 

労働基準法など関係ない!超ブラックな労働環境

 

今では労働基準法違反だろと思う月の休みは週4日、月の残業は100時間越え当たり前です。


始業時間が10時から閉店時間が23時。労働時間は12時間です。それで週4休みですから、今で言えば間違いなくブラック飲食店ですよね。


毎日、4時間残業の26日労働なら残業時間は104時間です。

 

しかしここからです。毎日ここからアルバイトとの飲みが始まります。夜中の2時、3時帰宅は当たり前です。朝6時まで飲むこともざらでした。

 

ただ残業がついていたので結構いい給料は貰ってました。

 

新卒1年目で500万円は超えてましたからね。


そして2年目には新規オープンの立ち上げに関わり、主にスタッフの教育を行っていました。

 

この社会人2年間は、月給からボーナスまで全てアルバイトの飲みのおごりに使っていました。全くお金を貯める事はありませんでした

 

私の趣味はスキー

 

2年目の移動先の店舗は、隣の県で冬は私の大好きなスキーの観光地です。

 

冬場もスキー場の飲食店にヘルプで行かされましたが、毎日夜間スキーをしていたのでいつの間にか、スキーの腕前はコブを攻めるモーグルをもどきまでいきました。

 

店舗スタッフの学生を誘ってスキーに行きますが、私の滑りには驚いていました。

 

東京進出とカルチャーショック

 

話は戻して3年目には首都圏に転勤し、出戻った形です。

 

まあカルチャーショックでした。出戻りの「あるある」なのですがね。この辺はメンタル的にもやられました。

 

一つの事件を体験した事を思い出しました。

 

ある店舗で起こった事件です。

 

管理者、店長、私と言う関係ですが、その店長が曲者の話です。

 

ある日店の事務の女性が、売上が少ないことに気が付いたのです。

 

宴会の売り上げ10万円位です。で調べると店長しか扱ってないとなり、結局懐にしまったことを認めたのです。

 

しかし、通常は本社から経理部と事業本部長のお偉いさんが来て、確実に首になる案件です。


しかしこの事件は管理者が納めてしまいました。

 

何故かと言うと管理者責任が確実にあるケースだからです。

 

例えば銀行の店長などは不正が部下にあったら間違いなく左遷でしょう。それと同じです。

 

結局、その店の支配人が自分に火の粉が来ないように、この件を知ったスタッフと突き止めた事務女性にお詫びさせる形で事を納めました。

 

何で思い出した方かと言うと、つい最近その企業のホームページを閲覧し役員以上の名前を見たらその方が役員名で載ってたからびっくりでした。

 

確かに有名国立大卒で中途ではありましたが、かなり頭の切れる方ではありました。

 

ただ、飲食店はお金の問題で解雇される職員は多いです。

 

私ももう高齢に足を入れる年ですが、今の会社の社長や役員のメンバーを見ると、お世話になった上司と言うよりは、当時のライバルや年の近い先輩が多くなり懐かしさを感じます。

 

今の社長は、その当時から飛ぶ鳥を落とす勢いで、かなり仕事のできる方なので少し安心です(笑)

 

また当時は、担当部長に毎日飲みに付き合わされ、自宅まで送迎をしていたのを覚えています。全くその当時を振り返ると、サラリーマンにどっぷりつかっていましたね。

 

つまらない他人の人生にお付き合いいただきありがとうございます。

 

私が2番目に就職したビル管理の仕事です。良かったらどうぞ!

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